東町ミニ知識 〜駅前風景〜

 

 

~駅前風景~(6) (掲載日:2017年4月23日)

 

話は又、ペデストリアン・デッキ上に戻りましょう。マルイを背にして東の方角の空を見てください。慶応の方へ行く広い道路を挟んで、上の方に緑とオレンジをテーマカラーにしたビルが左右に見えます。この両方のビルにDeux Sept(ドゥ・セット)と書かれているのがわかりますか?

フランス語で2・7と言う意味です。

志木の近代化への発展に新河岸川の舟運を外す事はできません。江戸時代、川越大火の復興の為に江戸(花川戸)と川越を水路で結び、その後、舟は人や生活物資を運んでいました。途中の志木は引又河岸(ひきまたかし)として河岸場を作り、奥州街道(今の志木街道)と舟運のクロス点で大変賑わっていたと言われています。

その高瀬舟に大きく二、七と書かれていた舟は二の日、七の日に引又河岸に着く舟で、河岸近くの陸では市が開かれ、人気があったと言われています。

これが今の「市場」言う地名の由来です。舟運はとうに無くなりましたが、この「市」は昭和30年代初めまでありました。どうしてフランス語? 勉強不足でスミマセン。

 

 

~駅前風景~(5)   (掲載日:2017年2月24日)

 

駅前風景(1)で書きそびれました。失礼しました。それは冬になると青いLEDが映えるツリーが交番から真っ直ぐ松屋の方に向かって伸びています。あの木はトウカエデ(唐楓)、若木の内は良いのですが、成長すると木皮が剥がれて下に落ちて汚らしくなります。掃除が大変、誰がするのでしょうか。心配です。先ずは冬の夜の駅前イルミネーションをお楽しみください。交番直前の梅がこの秋の長雨で深夜に倒木してしまいました。幸い通行人がいなかったからよかったもの、怪我どころでは済まない状況でした。植樹が浅かったのでは…と言う話も聞いてます。今では簡単な柵がしてあり、土部分には入れないようになっています。

 

次回をお楽しみに

 

 

~駅前風景~(4)  (掲載日:2017年1月15日)

 

階段を昇ってペデストリアン・デッキ(丸井の2階から直接バス通りに行ける四角い歩道橋)に行ってみましょう。この歩道橋で先ず目につくのは銀色したドーム型の休憩場、志木市の紋章を立体化したものだとは作者の関根伸夫談。大宮生まれ、志木小、志木中、川越高校に通った、志木市出身の方です(現アメリカ在住)。デッキから東側、バス通り角と丸井の角に頭だけ見える2基のエレベーター。このエレベーターの左側の上には雲が、右側の上には花弁が乗っています。これは市歌の一節からきています。これも関根伸夫の作品です。彼を世界的に造形家として注目された代表的な作品は市役所駐車場にある「空想」と題されたモニュメントでしょう。同じものが箱根彫刻の森美術館、美ヶ原高原、イタリア、ドイツと地球上に合計5つ。つまりそのうちの1つが志木市にあるということになります。凄いッ!と思いません?話を駅前に戻しましょう。この四角いデッキには66枚の切り絵が貼ってあります。志木の昭和30~40年代の原風景を描いています。池田要さんの作品。志木中で図工の教鞭を執っていた方で、校長先生までされた方です。前出の関根伸夫さんとは伯父と甥の間柄です。

 

次回をお楽しみに


 

~駅前風景~(3)  (掲載日:2016年12月10日)

 

駅前のバスロータリー、朝夕の通勤ラッシュ時は長蛇の列です。誰しもが暑さに我慢し、寒さに震え、雨風に耐え忍んでバスの到着を今か今かとジッと待っています。ロータリーの風景など眼中外です。

ケヤキの隣に黒くて巨大で脚高なモニュメントがグルッと一転、最後の48番目の樋は人の腰の高さ位までになっています。制作当初(市制20年)はこの樋に水が流れていました。この樋の始まりの高さは5メートル程、ここまで書けばこのモニュメントは何をモデルにしているかは、もうお分かりでしょう。そうです、「いろは樋」です。樋の数が48あった。「いろは48文字」から来ています。新河岸川を跨いで野火止用水を宗岡まで通したいろは樋をモニュメント化しています。現在のいろは橋の命名はその名残りです。樋の最後に河童の親子が3匹、駅前の交番前にもありますね。最近、駅改札口にも河童がいます。気が付きましたか?

 

次回をお楽しみ

 

~駅前風景~(2) (掲載日:2016年11月8日)

 

PCで飯豊町(山形県)散居村の遠景と入力すると、水田に囲まれた一軒一軒が屋敷林に囲まれて点在する風景が見られます。

昭和30年代の志木宗岡地区、特に宗岡小学校前は志木本町(新河岸川方向)に向かってまさにこんな景色でした。今では住宅、商店が密集して想像も付きません。隔世の感を抱きます。屋敷が点在し、その一軒一軒が林に囲まれて、その林は防風林の役目をしています。屋敷林と言われているのがこの形です。今でも宗岡地区を注意して散策すると数件その姿を留めている、古い伝統的な豪農家があります。志木駅前風景、丸井を母屋と見立て、松屋前から旧道に掛けての道路沿いにある白樫の樹木列を屋敷林の形に見立てているのが前回に書いた意味となります。懐かしく、しかも巨大な箱庭の形を作っているのですね。

 

次回をお楽しみに

~駅前風景~(1)  (掲載日:2016年10月9日)

 

駅前の樹木には夕方になるとどこからともなく、ムクドリが集まって一時騒がしく、しかも糞害が問題となっています。先日、PCで見たのですが、鷹が鳩を追っ払ったとありました。これをヒントに市では対策を講じて貰いたいものです。

ところで志木駅東口は、南口との違いが沢山あります。この文頭にも書きましたが、先ず樹木が大変多いということでしょう。志木の銘木チョウショウインハタザクラ(5つある花弁の1つが旗のように立っている。世界に一本だけの原木が志木中隣りの元長勝院跡にある)の分木が旧道(旧奥州街道)沿いにあるのを筆頭に、志木の木モクセイ、志木の花ツツジ(いずれも市制20周年に制定)は駅の交番前から真っすぐ正面の松屋に向かって植樹されています。バスロータリー中央には県の木ケヤキが一本、堂々とあります。松屋から旧道(旧奥州街道)に掛けてバス通りを中心に左右に白樫が壁のように植樹されています。これは何を意味するか…。

 

次回をお楽しみに。